ウメダの未来フォーラム-量子のまち編 シリーズ開催中

2024.09.17(火)

イベント
開催日

2024.10.29(火) 次回開催

問い合わせ先

大阪大学大阪大学共創推進部共創企画課企画係
TEL:06-6105-6174
kyousou-kikaku-kikaku[at]office.osaka-u.ac.jp
※メールアドレスの[at]は@に変換してください。

ウメダの未来フォーラムとは

 ウメダの未来フォーラムでは、毎回テーマを決め、異なる分野で世界をリードする研究者が登壇。梅田に様々な分野のユニークな研究者の集まる場をつくり、100年後の未来社会の構想づくりから、実際に社会・産業にインパクトを与える仕組みを構築していきます。
 量子のまち編では量子計算を軸とし、大阪大学サイエンスヒルズ構想の実現に向けて、未来の社会づくり・街づくりのディスカッションを進めていきます。アカデミアに限らず、企業、金融、行政、学生等の方々の参加を期待しています。

量子のまち編

 次回以降のご案内

 ・第3回 計算する都市ウメダ(2024.10.29)詳細はこちら

 ・第4回 超越知能が出現する都市UMEDA(2025.01予定)


 開催レポート

 ・第1回 量子コンピュータと未来社会(2024.04.23)開催レポートはこちら

 ・第2回 光合成都市ウメダ(2024.07.29)開催レポートはこちら

【次回開催予定】第3回 計算する都市ウメダ

日 時:2024年10月29日(火)16:00-18:30
場 所:Blooming Camp(大阪市北区大深町6番38号 グラングリーン大阪 北館 JAM BASE 3階)
    (オンラインとのハイブリッド開催)
    ※会場までの経路はこちら(PDF)をご参照ください。
登壇者:木多道宏氏(建築・都市デザイン・大阪大学)
    伊藤伸泰氏(シミュレーション・理化学研究所)
    安部孝太郎氏(スマートシティ・株式会社NTTドコモ)
    小池志保子氏(居住空間・大阪公立大学)
    藤井啓祐氏(量子計算・大阪大学)
お申込:招待制
    一部、以下のフォームより先着順にて一般申込みを受け付けております。
    現地参加の場合:https://forms.gle/HSik5QpmY5deLjUG8
    オンライン参加の場合:https://forms.gle/HHq6qKmGbkRazihZ6

 まちづくりや防災を含めて都市のスマート化が進展している。またスーパーコンピュータ富岳を活用してリアルな街をフィールドとしたシミュレーション研究も進んでおり、快適で災害に強い街が出現しつつある。交通の最適化は量子計算が有効とされるテーマの一つでもある。一方で、人々の豊かな暮らしにおける地域コミュニティや市民ネットワークによる社会基盤の重要性はますます注目されている。実際のまちづくりの現場から、これからのまちづくりについて展望する。

 登壇者の詳細はチラシ(PDF)をご覧ください。

【開催レポート】第2回 光合成都市ウメダ

日 時:2024年7月29日(月)16:00-18:00
場 所:NORIBA10 umeda(大阪市北区芝田1-1-3)(オンラインとのハイブリッド開催)
登壇者:近藤昭彦氏(合成生物学・神戸大学)
    中西周次氏(化学・大阪大学)
    菊池康紀氏(プロセスシステム工学・東京大学)
    藤井啓祐氏(量子計算・大阪大学)

 シリーズ第2回は、「光合成都市ウメダ」と題し、合成生物学、化学、プロセスシステム工学、そして量子計算の立場から、ウメダを人工光合成の都市にするための道筋についてディスカッションしました。約120名のアカデミア・産業界等の方々に参加頂きました。

第2回開催レポート 目次

 1.登壇者の発言から得られたインサイト

 2.当日のプログラム

 ※当日の発表資料はこちら(近藤氏資料中西氏資料菊池氏資料

1.登壇者の発言から得られたインサイト

(1)エンジニアリングバイオロジー

“生命・生き物から考えると、CO2はとても大事なもので、厄介ものではなく資源なわけですね。確かにどんどんCO2濃度が増えているんですが、もともと光合成によってCO2は固定されていて、この植物を原料に使って発酵すれば、我々は基本的にお日様の光を使って色んなものづくりができて、サステナブルにできるじゃないか。”(近藤)

“いくらラボで研究できても、マニファクチャリングできなかったら何も生まれない。研究とものづくりの掛け算を構想でやっていく領域がエンジニアリングバイオロジーです。”(近藤)

“エンジニアリングバイオロジーの高速なプラットフォームである、バイオファウンドリを使うことで高速に開発ができるようになります。バイオファウンドリは、Design、Build、Test、Learnの4つから構成されています。これで研究開発期間が10分の1になれば、10年かかってた開発が1年でできる。本当にそんなことができたとしたら、バイオがどんどん実用化されるわけです。”(近藤)

(2)人工光合成と光合成都市

“森林がやっているような光合成を都市でやるという考え方があるのではないか。結局、光合成にはCO2が必要で、バイオをやるには窒素やリンが必要です。都市は、自動的にそういうものが集積してくるようなことが図らずもできていて、向こうから勝手にやってきてくれるという特性があります。光合成都市は、そこで物質循環をできるだけ閉じましょうという考え方になってきて、人工光合成というのは光合成都市を作るための活動だとも捉えられると思うに至りました。”(中西)

“忘れちゃいけないのが、CO2を資源化するのにもエネルギーを投入しなきゃいけなくて、エネルギーだけは都市にないんです。太陽電池を作ればエネルギーができますが、もう桁で足りないんですよ。だから、夢物語みたいなことばかり言っててもダメ。定量的に、そのエネルギーをどこから取ってくるかを、しっかり考えないといけないと思っています。”(中西)

“「未来少年コナン」で登場する“太陽塔”は、プラスチックからパンを作っていて、ゴミからパンを作っているという意味では素晴らしいんですが、一歩足りないなと思っていて、CO2からパンを作らなきゃいけないなと思っています。ご飯だって誰がほしいかと言ったら、都市に住んでいる人間がご飯を食べたいわけですから。食料を都市で作るという考え方も大いにあるんじゃないかなと思ってやっています。”(中西)

(3)カーボンニュートラルとオーケストレーション

“カーボンニュートラルは、カーボンの排出と吸収がバランスしているニュートラルな状態にあるということ。今は残念ながらCO2の排出の方が吸収よりも圧倒的に大きくて、ニュートラルが実現していません。ですから、カーボンニュートラルに向けて何しなきゃいけないかというと、まずCO2排出を軽くする。同じ技術でも、できるだけCO2を排出しない技術にしていくことが、最初にやらなきゃいけないことです。”(中西)

“残念ながら、CO2排出の軽減だけでカーボンの排出と吸収がフラットにはならない。吸収を増やさないといけない。これは、本来は植物がやっていること、光合成がやっていることです。なぜフラットにならないかというと、化学のセンスから言えば、遅いんです。とにかく遅い。”(中西)

“将来的に核融合が使えるようになった場合は別として、カーボンをリサイクルするために使えるのが太陽光だけという中で、生物の役割は非常に大きいと思うんです。ただ、いろんな産業やセクターがある中で、全体としてどうするかという概念は、個々の研究者の中に欠けていると思うんですよね。全体のシミュレーションを精度よくもっと統合的に考えていくというのも、重要なんじゃないかと思っています。”(近藤)

“固定価格買取制度(FIT)が2012年に施行され、いつの間にか太陽光パネルだらけになりましたよね。経済の仕組みを変えるというのは、こういった変化を起こすということです。要は、経済のテコ入れをいつやるか、どのような形でやるかによって実はお金の流れって意外と変わり得るものなんですよね。”(菊池)

“多くの場所で、選択しきれない様々な問題が発生していると思います。必要なのは、1つ1つの要素はちゃんと理解し、同時にそれを組み合わせる。よくコンピュータ科学でも、オーケストレーションという言葉を使いますが、社会のシステムは、基本的にはオーケストレーションが必要です。うまく組み合わせる誰か、指揮を取る人たちがいないと結局1つになっていかない。ですので、カーボンニュートラルだけでもダメですし、ネイチャーポジティブだけでもダメですし、食料生産だけでもダメです。今社会システムの中でそのものを変革させていくためには、いろんなものを組み合わせていくのが必要だと言われていると思います。”(菊池)

(4)ライフサイクル思考

“ライフサイクル思考の考え方が大事だと言われていて、ライフサイクルアセスメント以外の評価手法もあります。マテリアルフロー分析、産業連関分析、いずれもライフサイクル思考を持った技術評価の方法論です。こうした評価手法をうまく組み合わせてシステムを設計していくというのが、今まさに資源やエネルギーの問題の中で必要だと言われています。ただ、大事な概念としては、ここに「ライフサイクル全体を考慮しましょう」「見えないところでの環境影響を考えましょう」とあります。ここが極めて大事なポイントになっていると思います。”(菊池)

“よく「レジ袋とマイバッグはどっちが環境にいいんですか?」と聞かれるんですけれども、我々は「わかりません」と回答します。ライフサイクル思考というのは、このレジ袋とかマイバッグという製品そのものだけではなく、この購買行動と、使っている人のライフスタイルや、行動パターンも全て含めてライフサイクルを考えるのがライフサイクル思考です。レジ袋をもらわない方はほぼ十中八九ゴミ袋を買っていると思います。レジ袋を購入した方は、そのまま捨てるというのはこれもまた結構少なくて、通常ゴミ袋として使っていらっしゃいます。そうすると、レジ袋のライフサイクルにはゴミ袋が入るんです。マイバッグとレジ袋の比較には、ゴミ袋が関わってこないと比較にならないんです。さらに言うと、マイバッグは作るところで環境負荷が高いので、レジ袋と比較すると、それなりの回数繰り返し利用してもらわないと勝てないんですね。”(菊池)

“基礎自治体別の解析をやっています。日本中の地域、1740基礎自治体がありますが、例えば、大阪府の中にある基礎自治体を全て昨夜30分ぐらいで解析をしてグラフを描いてみると、それぞれ地域別の差があることもわかります。地域の差というのは、将来の見える社会とか都市の形の差になります。全ての場所が全く同じになるということは、やっぱりおかしいんですよね。それぞれの地域の特徴にうまく合わせて、その地域に合ったものをうまく組み合わせて作っていくこと、カスタマイズしていくということが大事です。”(菊池)

“将来性を考える議論の中では、実は現時点で実現していないものを評価する方法論はもう大分できあがってきています。まず、実験が成功しているものであれば、少なくともLCA(ライフサイクルアセスメント)は必ず評価できます。一方で、もちろん不確実性もありますが宇宙太陽光だとか、明らかに実験までまだ辿り着いていないようなものも含めて、データを構築しながら評価が進んでいます。どういうところに効果やリスクが出そうか、ライフサイクル思考をもって技術を評価し議論していくという取り組みは、実はもう既に始まっております。AIもだいぶ前から議論されていますし、宇宙太陽光に関しても実は議論されている論文も出ています。評価といっても、数字が出て何グラムとかにはならないレベルではありますが、ただライフサイクルとしてどういうことがあり得るのか、どういうインフラが必要なのか、どういうエンジニアが必要なのかは議論ができるような状況にはなっていると思います。”(菊池)

(5)量子コンピューティングへの期待

“人工光合成は、光合成を人工化するわけですから、光合成のどの部分を真似するかという話になります。光合成は凄まじい技術で進化してきているので、とてもよくできていて、仕組みがとにかくわからない。そんな時に、量子科学計算や量子コンピューティングに非常に期待を持っています。”(中西)

“光合成の仕組みを理解して真似るのを実験でやろうとすると、多分100年200年かかると思うんです。それを計算で予言して、よりスマートに進めるというニーズは絶対あるんですよね。その時に、そんなハイスペックな使える計算機もないんですよ。量子コンピューティングによって、今1年かかっている計算が1日でできるようになったら、それだけで研究が非常に加速されるわけです。そこに非常に大きな期待を前々から持っています。”(中西)

“バイオの世界では、どういうパーツをどう組み合わせて作ればバイオロジカルなファンクションができるかは、なかなか計算だけでできていません。1つの分子ごとの設計とか分子の新しい探索という話があり、次の段階としては、いわゆる合成生物学。あるファンクションをクリエイトするには、結構実験しないとできないんですが、それがこの計算で高速にできると、生命がより理解できることになるし、応用にもつながる。だんだん回路がデカくなっていって、自在に予見できて計算できてっていうのが、生命の原理もより理解できることになるといいなと思いました。”(近藤)

“カーボンニュートラルにするといっても、いくつか選択肢があります。選択肢を提示しながら、その選択肢の中に含まれ得る技術をうまく開発し、強化し、対策や方針を見つけていくのが、シナリオ分析です。これは、計算結果もそう簡単に出ないので、大規模コンピューティングをもちろん必要とする世界になっております。ある意味では、量子の話はどうしても技術開発にもよく使われるんですが、我々のようなこうしたシミュレーションでも、是非活用したいと思っているところです。”(菊池)

“化学における計算化学の役割というのは、説明と予測だと思います。今だと、色んな近似を置いて色んな仮説を置いてやっていくので、それが本当に実験を表現できているのかというのは最後まで検証しようがない。そういうところに、ちょっと革命的な変化がほしいなみたいなところはよく感じますよね。やっぱり近似をできるだけせずとも、そのままで計算できると素晴らしい気がします。実験で得られるものと、計算化学で得られるものには合う時もあれば合わない時もあって、これが一番悩みの中で、合う時に喜んでいいかって言うとですね、必ずしもそうじゃない。説明しようとする時には都合は良かったんですけど、そこがいつまで経っても自信が湧かないので、ちょっと心配ではありますね。”(中西)

“量子コンピューティングにおいて5年でスケールできるであろうことは、例えば、1つは化学の問題。特定の光合成をするようなものであったりとか、分野で話題になる窒素固定の触媒であったりとか、そういう特定のものに限定をして、さらに扱う問題をできるだけうまく量子コンピュータでも取り扱えるように問題を切り出して解かせること。それが従来コンピュータで得られる計算に比べて精度が高いとか、より早く、もしくはよりエネルギー消費が少ないという形で問題を解けるというのは、次の5年ぐらいに達成されてもおかしくないかなと思っています。”(藤井)

“探索に関しては、いわゆる最適化問題として、色々なアプローチで研究されていました。早く安く最適化問題が解ければ計算って結局、量子であろうと量子でなかろうとそれは価値があるわけです。既存の半導体の汎用コンピュータではなく、組み合わせ最適化問題という問題に特化したようなハードウェアが富士通さんや日立さんとかが開発し出し始めている。そうした中で、アセスメントやバイオの反応経路であったりとか、膨大な探索をしたりする問題をうまく専用ハードウェアで解ける形に定式化することができれば、そういった技術も使っていけると思います。また量子コンピュータを使う場合には、グローバー探索アルゴリズムというのがあり理論的に従来コンピュータを用いた探索に比べ2乗で加速することがしられています。かなり大規模な量子コンピュータが必要になっちゃうんですけど、その中から最適な解を選んでくるという時に、このような高度なアルゴリズムを使うことができます。非常に長期的には、探索問題にも量子コンピュータが使えるんじゃないかなという感じはしています。”(藤井)

“こういったところで交流をして、うまく定式化された問題、もしくは一緒に定式化するという形で問題を頂いて、とにかく検討してみるというのが凄く面白いんじゃないかなと思いました。菊地先生が仰っていた、必ずしも太陽電池というのは導入されると思ってはいなかったけれども、分析とかをしたりして経済や政府が動いていくことによって結果的には導入されているというお話もありました。こういった問題に量子コンピュータが使えるかもしれないという先行的な取り組みをして、もしこのスケールの量子コンピュータができればこういうものが解ける、このスケールの量子コンピュータが解ければこういう影響を生むという効果が可視化されれば、そういう経済的な問題というのは逆にクリアはできるんじゃないかなという気がしました。”(藤井)

“量子コンピューティングにおいても、大規模なビッグデータをどう扱うか、その解析をどう高速化できるかはもの凄く期待されている分野です。ただ、そういった大規模なデータを量子コンピュータにどうやって送るかが今は問題点になっています。大規模なデータをどういうデータベースの形で、どういう風にそういう大規模な計算機で取り込めるような形で持つかが多分重要になってくるのと同様、量子コンピュータを使うという前提で、データをどうやって持つかを考えていかないといけないと思います。”(藤井)

(6)量子のまちにおけるスタートアップ

“最も大事なこととして、大学はまず良い研究をしなければいけない。その研究をスタートアップにして産業化していく流れがこの関西からどんどん出てくると、それがクラスター化されていく。その真ん中に梅田があり、みんなが集まって議論できると、非常にいいのではないかと思っています。”(近藤)

“今の学生ぐらいの世代の方は、量子コンピュータとバイオ、化学、ライフサイクルアセスメントとか、多分学生さんにとってはバリアってないと思うんですよね。ですので、関西エリアで量子技術もかなりスタートアップが今増えている中で、スタートアップコミュニティだったり、京阪神の学生さんが集まって、グローバルな視点で、どういう形態になるのかはわからないですが、新たなものを生み出すための分野を越境した協力をやっていくことが重要だなと感じました。”(藤井)

2.当日のプログラム

トーク1「光合成都市実現のためのバイオ革命」

話題提供:神戸大学 近藤昭彦 教授

 神戸大学副学長、大学院科学技術イノベーション研究科教授の近藤昭彦氏によるトークセッション「光合成都市実現のためのバイオ革命」では、エンジニアリングバイオロジーの進展とその影響について詳しく説明されました。近藤氏は、バイオテクノロジー、特にエンジニアリングバイオロジーが、今後の社会、経済、環境に及ぼす影響について言及しました。地球温暖化対策として、光合成を利用した生物が地球環境を形成してきた歴史を振り返り、炭素循環の重要性を強調しました。さらに、CO2を厄介なものではなく資源と捉え、バイオテクノロジーを活用した新しい社会構築の可能性について述べられました。

 エンジニアリングバイオロジーの進展により、CO2を効率的に固定・利用する技術が生まれ、持続可能な炭素循環社会が実現可能となり、特に、微生物を利用した発酵技術やグリーン水素の活用により、環境負荷を低減しつつ、エネルギーや資源を生産することができるとのことです。このような技術の加速には、合成生物学やAI技術の導入、ロボット自動化やプロセス技術革新といったものの融合領域としてエンジニアリングバイオロジーやバイオファウンドリが不可欠であり、それによる研究開発の効率化への期待されることを説明されました。

 関西地域のバイオテクノロジークラスターの形成も視野に入れ、バイオ技術の進展が地域社会の発展と密接に関連している点にも言及しました。近藤氏は、技術革新が進む中で、スタートアップ企業が重要な役割を果たすと強調し、梅田や神戸、京都など関西地域から世界へ発信するバイオスタートアップの可能性について示唆されました。

 その後の質疑応答では、エンジニアリングバイオロジーの実現可能性や経済的な課題、技術の進展に関する具体的な疑問が多く出され、また、関西地域におけるバイオテクノロジークラスターの形成についても質問が出ました。

トーク2「光合成都市って何?」

話題提供:大阪大学 中西周次 教授

 大阪大学大学院基礎工学研究科・附属太陽エネルギー化学研究センター教授の中西周次氏によるトークセッション「光合成都市って何?」では、光合成都市という概念に関して、化学的視点から解説しました。中西氏は、都市内で人工的に光合成を行うことで、CO2を吸収し、酸素やエネルギー源となる物質を生み出す取り組みが進行中であると説明しました。

 中西氏は、植物による自然な光合成が環境に与える効果は大きいものの、その速度が遅いため、都市での迅速なCO2固定には化学的な手法が必要であると述べました。

また、人工光合成の技術開発において、量子コンピュータへの期待が高まっていることを述べた上で、光合成の複雑な仕組みを完全に解明するためには、現行の計算手法では限界があり、そのため量子コンピュータがもたらす計算能力の飛躍的な向上が必要とされていることを強調しました。中西氏は、量子コンピュータの活用により、光合成のメカニズムの解明が進展することに伴い、それら解明されたメカニズムを着想としたアイデアや企画を検討していけることへの期待を述べられました。

 また、再生可能エネルギーを利用してCO2を変換する都市型人工光合成の実現には、エネルギー供給の課題も存在しており、太陽光パネルだけで都市全体のエネルギー需要を賄うのは困難であるため、エネルギー源を定量的にどこから得るのかを検討することが重要であることを強調されました。

 その後の質疑応答では、カーボンニュートラルや人工光合成の現状と将来の展望について議論が展開されました。また、その中で、中西氏はカーボンニュートラルに持っていくためのエネルギーの必要量から現状大きく不足しており、輸入や政治経済が絡む複雑な問題であると指摘しました。光合成の仕組みを理解し模倣する実験において、量子コンピュータが計算時間を劇的に短縮し、研究の進展を加速させる可能性への期待が強調されました。

トーク3「持続可能な社会を目指す物事の考え方:ライフサイクル思考」

話題提供:東京大学 菊池康紀 教授

 東京大学未来ビジョン研究センター教授の菊池康紀氏によるトークセッション「持続可能な社会を目指す物事の考え方:ライフサイクル思考」では、ライフサイクル思考に基づき、製品やサービスの全過程における環境影響を評価し、持続可能な社会を構築する重要性が説明されました。菊池氏はライフサイクル思考を活用するためには高度なデータ解析とシミュレーションが必要であり、ここに量子技術の可能性が期待されると述べました。

 菊池氏は、レジ袋とマイバッグの例を用いて、ライフサイクル思考の複雑さを説明しました。単純にマイバッグが環境に優れているとは限らず、その製造過程や使用方法、さらにゴミ袋としての役割など、全体の視点から判断する必要があると指摘しました。このように、個々の製品や行動が全体に与える影響を包括的に評価することが、ライフサイクル思考の核心であること、また、ライフサイクルアセスメント(LCA)という、製品やサービスが環境に与える影響を評価し、持続可能な選択を促進するための手法も紹介され、これが製品やサービスの環境影響を定量的に評価する上で、ますます重要になっていると述べました。

 次に、ライフサイクル思考では、地球温暖化だけでなく他の環境影響も総合的に評価する必要があり、再生可能エネルギー源もまた、化石燃料とは異なる新たな環境問題を引き起こす可能性があると説明されました。そのため、菊池氏はリスクトレードオフの視点から複数の課題に同時に対応する必要性について説明されました。

 最後に、菊池氏は、LCAは単なる評価ツールから、設計や意思決定を支援するエンジニアリングツールとして進化しており、これらツールの将来性を見据え活用することの可能性について言及しました。

 その後の質疑応答では、ライフサイクルアセスメントの実用性や将来の技術評価に関するもので、特に太陽光パネルの環境負荷や量子コンピュータの評価に関する質問がありました。菊池氏は、太陽光パネルが温室効果ガス削減に有効である一方、都市部での使用には限界があるとし、また、未実現の技術も評価が進められていること、未来技術の評価方法論が進展していることが示されました。

パネルディスカッション

パネリスト:神戸大学 近藤昭彦 教授、大阪大学 中西周次 教授 、東京大学 菊池康紀 教授、大阪大学 藤井啓祐 教授
モデレーター:NPO法人ミラツク代表 西村勇哉

 登壇者には、神戸大学の近藤氏、大阪大学の中西氏、東京大学の菊池氏、そして大阪大学の藤井氏が加わり4名でのパネルディスカッションが行われました。

 パネルディスカッションは、藤井氏からの今回のトークセッションを通してのコメントからスタートしました。藤井氏は量子コンピュータの応用分野として光合成の仕組み解明やバイオメカニズムの理解を挙げ、これらの分野での貢献の可能性を強調しました。また、ライフサイクルアセスメント(LCA)やマテリアルフロー分析といった分野で解析の際に必要になる計算資源の具体について菊池氏に向け問いかけを展開されました。菊池氏からは、LCAやマテリアルフロー分析の現状と課題について説明がありました。特に、シミュレーションの選択肢を一つ増やすことで指数的に計算の負荷が増えることから、現在の計算は限られた範囲での解析にとどまっており、グローバルな解析を行うことで現在の解析とは異なる箇所に解が生まれることへの可能性について示唆されました。

 中西氏は、化学分野における計算化学の役割として「説明」と「予測」があると述べました。また、水中での化学反応のシミュレーションにおいて出てきた計算結果をどれほど信じていいのか見解が一義的でないことを踏まえ、量子技術を活用することで近似にとどまらない、実験をしなくてもコンピュータ上で行えることへの期待について話をされました。

 近藤氏は、バイオ分野において全ての計算を行うのは現状では難しいと述べ、代謝など特定の部分を計算しようとしても、計算量が膨大になり、最適化が困難になると指摘しました。また、遺伝子発現の解析も十分に行われておらず、問題をシンプル化して計算する必要があると説明しました。近藤氏は、量子コンピュータの導入によって、これらの複雑な問題をそのまま解決できるようになることへの期待を述べられました。

 藤井氏は、次の5年間で、化学やバイオの分野での特定の課題解決において、量子コンピュータが実際に利用される可能性が高いと述べました。特に、探索問題や最適化問題において、量子コンピュータが現行のコンピュータを上回るパフォーマンスを発揮する可能性について示唆されました。

 菊池氏からは、ライフサイクルやサプライチェーンの解析への関心と、現行の計算能力では大規模データの解析が非常に困難であることが述べられました。具体的には、日本の産業構造を500部門で解析する産業連関表でも計算が限界に達しており、本来は1000部門以上の詳細な解析が必要だが、現状では対応できていないと指摘します。菊池氏は、こうした大規模データの解析に対した量子コンピュータへの期待とともに、データの計算、解析を同時に進行できるサプライチェーンの認識に量子計算が関わることへの期待について述べられました。藤井氏もこれに同意し、大規模なデータをどう扱うかが重要であるかを指摘しました。菊池氏は、量子コンピュータの進展により社会統計の取り方も、データが効果的に利用されるよう変われるのではないかという期待を述べました。

 最後に、藤井氏は、量子コンピュータの研究がハードウェアやアルゴリズムに集中しがちで、他分野との連携が不足している現状を指摘し、バイオや化学、ライフサイクルアセスメントといった応用分野の専門家との交流が、量子コンピュータの実用化を進める上で重要であると強調しました。また、関西エリアでのスタートアップや学生コミュニティが、量子コンピュータを他分野と組み合わせて新たなイノベーションを生み出すことが期待されると述べ、パネルディスカッションを締め括りました。

登壇者プロフィール

近藤昭彦氏 神戸大学 副学長 大学院科学技術イノベーション研究科教授
 専門分野は合成生物学、代謝工学、バイオファウンドリ等。大学発ベンチャーを複数立ち上げ、現在はバッカス・バイオイノベーション社の代表取締役も担っている。

中西周次氏 大阪大学大学院基礎工学研究科・附属太陽エネルギー化学研究センター教授
 2002年理学博士(大阪大学)。専門は化学。植物の光合成の仕組みを参考に、CO2の資源化(人工光合成)や次世代蓄電池の研究に化学の立場から取り組む。

菊池康紀氏 東京大学未来ビジョン研究センター教授
 2009年東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻 博士課程修了。博士(工学)。2024年2月より、現職。専門はプロセスシステム工学、サステイナビリティシステム学。

藤井啓祐氏 大阪大学大学院基礎工学研究科教授
 専門は量子コンピュータの理論およびソフトウェア研究。量子コンピュータのソフトウェアスタートアップ、株式会社QunaSysを共同創業し、最高技術顧問を兼務。

【開催レポート】第1回 量子コンピュータと未来社会

日 時:2024年4月23日(火)16:00-18:00
場 所:FUTRWORKS(オンラインとのハイブリッド開催)
登壇者:藤井啓祐氏(量子計算・大阪大学)
    石黒浩氏(ロボット工学・大阪大学)
    安田洋祐氏(ゲーム理論・大阪大学)

 シリーズ第1回は、「量子コンピュータの現在と未来社会」と題し、大阪大学の量子コンピューティングの第一 人者 藤井啓祐教授、ロボット工学の石黒浩教授、経済学者の安田洋祐教授が、梅田を世界的なディープテックの街にするための、コミュニティづくりを中心に参加者とディカッションを行いました。広い業界から約120名の方に参加頂きました。

第1回開催レポート 目次

 1.登壇者の発言から得られたインサイト

 2.当日のプログラム

1.登壇者の発言から得られたインサイト

(1)圧倒的な関西のアドバンテージと大学

“未来都市では、計算力が1つキーになるのではと思います。もちろん、量子コンピュータだけじゃなく、AIも凄く進化してますし。色んな最先端の計算技術を使って、イノベーションを起こしていくというのが1つポイント。”(藤井)

“シリコンバレーにしても東京でも、ある程度偶然性が重なってベンチャー、イノベーションを生み出すような人たち、あるいは、それをサポートする人たちが集まってくる。それが一定の域値を超える、ティッピングポイントを超えると、あとは自制的にそういったカルチャーが生まれる。これを狙って作るのは結構難しいとはいわれているが、大学から一定数そういったことを始める人たちが出てくることが、鍵であることは間違いない。”(安田)

“コンピュータに関しては関西地域に大きなアドバンテージがある。あと大学に関しても、旧帝大が阪大、京大があって神戸大も総合大学で素晴らしい研究大学。これだけ世界的に見てもかなり狭い領域に、ギュッと凝縮されたエリアの中に3つも研究大学がある。且つ、理研とか色んな学研都市を入れるともっとたくさんあるというのは、世界的に見てかなりアドバンテージ。シリコンバレーは80キロぐらい離れているところにドーンと色んな会社とか研究機関が点在している。日本の感覚でいうと相当だだっぴろいところなんですよ。なので、今回のような新しい仕掛けを入れた時に、化学反応が生まれる余地はあるんじゃないか。”(安田)

(2)量子コンピューティングと未来

“我々が住んでいる自然界と全く同じ物理法則、量子力学で動いているコンピュータを定義するというのは、科学技術のフロンティアを切り開くツールになるんじゃないか。望遠鏡というツールを手にするとより遠くの宇宙が見えるようになるのと同じように、量子力学という物理法則で動いている、しかもプログラムできる宇宙の箱庭みたいな感じですね。”(藤井)

“量子コンピュータを使ってどんな未来社会を作っていきたいか。1つはやはり材料化学分野は量子コンピュータの非常に強力なアプリケーション。自然界が長い地球の進化の中で手に入れたうまい仕組みというのが世の中にはあります。例えば、肥料を作るためには空気中の窒素を固定化してアンモニアを作らないといけないわけですが、量子レベルで、どういう仕組みで空気中の窒素が固定化されてアンモニアを作っているかというのを理解する、量子コンピュータを使って理解するというのが非常に期待されています。人工光合成の実現であったり窒素固定、もしくは効率のいい安全な二次電池開発であったり、非常に量子力学と密接に関係しています。”(藤井)

“量子的なデータが世の中に溢れ出すと今度はなにが出てくるかというと、量子AIですね。量子を使った機械学習っていうのが、そういう風な量子的なデータから色んな有益な情報を得るために出てくるんじゃないかなと期待しています。”(藤井)

(3)技術による人類の進化と責任

“50年前は、環境を人間が全て操作するようなそんな強大なエネルギーの技術はなかったが、遺伝子操作の技術が手に入り核の力も手に入って、環境を守ることも壊すことも、人間をデザインすることも人間に委ねられるようになった。だから、我々人間は未来を自分たちで考えて作っていく責任があると思う。人間がどう進化していくのか、自分たちでその進化の先を考えていかないといけない。”(石黒)

“技術の進歩が速いから未来が考えられないっていうのでは駄目。いくら速くてもそれ以上にしっかりと未来を考えないといけない。それが人間の役目なのに、科学技術の発展の早さに流されて、未来を考えることを放棄してしまっているようなところがある。早さに慣れれば、ちゃんと未来も考えられるはず。”(石黒)

“人間って人工物の塊なわけですね。だから、未来においてももっともっと人工物をうまく融合していくだろう。例えば、ほとんどの人間がスマホを手放せないように、ブレインマシンインターフェースが出てきたらもっとコンピュータと人間が融合していくかもしれないし。自動車のように、もっと簡単な自分の運動機能をエンハンスするような装着型のロボットを使うかもしれないし。そういう形で、人間って1000年経ったらもっと機械と融合して進化している可能性がある。”(石黒)

“ロボットとかAIに色んなことを教えられて、人間が逆にロボットとかAIを教師にして自分の能力を磨いていくような未来はもの凄く近いかなと思っています。それから、町や環境の人間化、要するに、自動運転の車っていうのはある種、生命感を帯びたような、我々は自動運転の車と対話しながら一緒に生活をするような感じになってくるという風に思う。そうすると、町全体がもっと人間と深い関わりを持つようなものになるのかなと思っています。”(石黒)

“アバターを使えば、いつでもどこでも自由に働けるような世界がやってくる。人間の環境化っていう風に書いてますけれども、人間の感覚とか身体性が環境とか社会に分散し、みんなで共有されるようになる。アバターは、1人の人が1台のアバターを操作する必要はないわけですからね。色んなものに我々は乗り移れるわけです。アバターだけじゃなくて、環境にある色んなものに乗り移りながら、人間と環境の間の境界っていうのが随分曖昧になっていくような未来があるんではないかなと。”(石黒)

“人工臓器も作れるようになるし、もしかしたらクローンも作れるようになるかもしれない。一番大事なのは、僕はやっぱり人工受精と人工子宮かなと思うんですけど。やっぱり子供を育てるとか産むっていうのは、非常に大きな女性にとってはハンディになってるわけですよね。だから、そういったところにテクノロジーが使われるようになって、もっと安全に子供が産めて育てられたらいいなと。”(石黒)

“自然理解は量子コンピュータの役割だと思うんです。色んな自然の仕組みが解き明かされたら、例えばこの部屋の中の色んな人工物もある種の自然現象を取り入れて、もっと自然をちゃんと感じられるようになる、ということができるようになるんじゃないかなと思ったりします。もちろん、人工光合成とかそういったものができるようになれば、建物が光合成するようになるというのが当たり前になってくる。そうすると、随分と世の中は自然との境界もなくなって、もっと自然の恩恵にあずかれるような未来がやってくるんじゃないかなと思っている。”(石黒)

“我々が「自然」と言っているのは、里山とかそんなイメージですね。でも、里山ってほどよく手が入ってるわけですよ。量子コンピュータで自然の仕組みが解き明かされれば、それをもっともっと都会の中に取り込めるようになるわけですね。残念ながら、今の都会の建物ってコンクリートでできていて。自然の脅威から人間を守るための仕組みしか入ってないわけですね。でも、テクノロジーが進めばそこにちゃんと自然現象を取り入れるようなことができるという。”(石黒)

“核融合ができれば無限に近いエネルギーが手に入るので、今の省エネの概念はなくなってしまいます。核融合と、それから量子コンピュータが両方できれば世の中本当に大きく変わると思うわけですね。そういうテクノロジーを、我々はどういう風に使っていけばいいかということを1人1人が責任を持って今後考えていかないといけないというのが、これからの未来ですね。”(石黒)

“1000年後、人間はロボットっぽくなるみたいなことを言いましたが、僕は好きに体を選べるのが1000年後の人間だと思っています。ダイバーシティとかインクルージョンが大事だっていわれます。人間の生きる目的は制約から生まれる与えられた満足感から、自分の想像力で感じる満足感に変わっていかないといけないと。様々な制約から解放され、人間は想像力で自由に生きるようになるっていうのが未来だといいたい。”(石黒)

“生身の体ってどれほど頑丈なんでしょうか。タンパク質の体ってやっぱり脆いですよね。10万年とか100万年先を考えればですね、タンパク質でできた人間っていうのはもしかしたらいなくなっている可能性はあるかなと思うんです。”(石黒)

(4)大阪のまちと量子コンピュータ

“実際に移動する必要性がなくなったり、遠く離れた人ともやりとりできるという中で、実際に現場で人が集まるということがますます重要になるんじゃないかなと思うんですよね、そのコミュニケーションであったり、どうやって刺激をインプットするか。”(藤井)

“量子コンピュータの利用者は意外と東京に集中していない。多分、これは量子コンピュータっていうのがまだ確立されてない技術分野なので集積がされてないと思うんです。まだ東京一極集中みたいな感じになってない。そういう意味では、大阪に研究者を集めて拠点をつくる、その際に量子っていう未発達の分野を使うっていうのは結構いいんじゃないか。”(藤井)

“国内で量子コンピュータの開発と、ソフトウェアの研究をやっているところっていうのはあんまり拠点がなく、自分たちで国産機を開発しているのは大阪大学ぐらいで量子コンピュータのプレイヤーは大阪が強い。量子コンピュータ関係のエコシステムが1つ大阪にできると、もう量子技術に関しては大阪一極集中みたいな状況になる。”(藤井)

2.当日のプログラム

トーク1「量子コンピュータの現在と未来社会」

話題提供:大阪大学藤井啓祐教授

 大阪大学大学院基礎工学研究科教授の藤井啓祐氏によるトークセッション「量子コンピュータの現在と未来社会」では、量子コンピュータの基礎的な概念から、未来社会での活用方法まで解説が行われました。

 量子力学は、通常の物理法則とは異なる性質を持ち、これがMRIや半導体などの技術に応用されており、量子コンピュータは、これらの量子力学の特性を利用して、通常のコンピュータでは難しい問題や暗号解読、金融分野のシミュレーションなどを高速に行うことが期待されていること、その結果、新たな素材の設計や未解明の自然現象の解明にも貢献する可能性があることについて述べられました。そうした期待もあり量子コンピュータの研究は近年活発化しているものの、大規模かつ性能が保証された量子コンピュータへの到達は、さらなる10年〜20年の開発が見込まれているとのことです。

 また、量子技術やテクノロジーの進展により、センシングの向上や量子レベルでの情報保護などの分野が発展し、これに伴って量子コンピュータやそれを操作するネットワークの発展が期待される他、量子技術が広まることで量子的なデータが増え、その結果、量子AI(量子を用いた機械学習)の登場が見込まれる可能性も示唆されました。

トーク2「アバターと未来社会」

話題提供:大阪大学石黒浩教授

 大阪大学大学院基礎工学研究科教授の石黒浩氏によるトークセッション「アバターと未来社会」講演では、未来社会における様々な可能性や、その構想における我々の役割について深い洞察が提供されました。冒頭では、今回の大阪万博が未来を真剣に考える場であることが強調され、過去の万博と同様、未来志向の重要性について話されました。また、人間の繁栄は技術の進歩と密接に結びついており、我々は技術の進化によって未来を切り拓いてきたことが指摘されました。

 特に注目すべきは、街や環境の人間化と人間の環境化に関する考察です。街が人間と深く関わる未来像や、人間の感覚が全体に共有される未来像が描かれました。さらに、医療の進歩や自然との関係がさらに密接になる未来社会の可能性が提示されました。また、量子コンピュータの登場により、「自然」の定義が変わる可能性にも触れられました。

 これらの未来社会の変化により、既存のさまざまな制約が取り払われ、家族や仕事の在り方が変化することで、人間はより自由に生きることができるという示唆がありました。このような視点から、我々が未来社会をどのように想像し、創造していくかとの問いがありました。

パネルディスカッション

パネリスト:大阪大学 藤井啓祐 教授、大阪大学 石黒浩 教授、大阪大学 安田洋祐 教授
モデレーター:NPO法人ミラツク代表 西村勇哉

 話題提供者のお二人に大阪大学大学院経済学研究科教授の安田洋祐氏も加わり、三者でのパネルディスカッションが行われました。

 トーク2の最後に会場から出た質問「量子学を大学で学ぶ学生の反応や、今後の社会に向けた大学の役割について」を切り口に、ディスカッションが始まりました。石黒氏は、この問いに対し、大学が変わらなければ社会も変わらないと強調しました。大学は世の中を変え、人々を未来に連れていく責任があるはずで、大学が送り出す学生や、そこで行われる研究が変わらなければ、世の中も変わらないという考えを示しました。例えば、アメリカのように、研究者の9ヵ月雇用を導入し、3ヵ月の自由な活動期間を活用しながら社会と連携して研究を行える環境があることが重要であり、それにより社会にある様々な問題を理解することができる。社会の変革には、そういった大学の問題を解決することが必要だと話されました。

 藤井氏は、大学が変わるべきだという石黒氏の意見に共感し、特に学部教育が変わる必要があると述べました。現在、テクノロジーやAIが進化しているにもかかわらず、大学1年生から3年生の教育内容はほとんど変わっておらず、十分な刺激や発展的な取り組みの機会を得られていないのではないかと指摘しました。

 また、アバターなどの技術を活用して遠隔地の人々と交流できるようになる中で、実際に人が集まることの影響やどのようなコミュニケーションを行うべきかについてはますます重要なトピックになる。そういう観点で、梅田や大阪に大学や研究機関が集まり、新たな刺激を生み出す仕組みができることは、大学が変わるためにはとてもよいのではと話されました。

 安田氏は、イノベーションの集積地について話し、シリコンバレーの例を挙げながら、大学がその中心になるべきだと述べました。シリコンバレーはスタンフォード大学がハブとなっており、ベンチャーやイノベーションを生み出す環境が形成された。このようなエコシステムを意図的に作るのは難しいが、大学が鍵となることは確かだと強調しました。

 そして、関西については、コンピュータ分野での優位性や大阪大学、京都大学、神戸大学といった旧帝国大学が存在する点を挙げ、これらが近い距離に集中していることが大きな強みだと述べました。さらに、理化学研究所や学研都市も含めると、関西地域は世界的に見ても大きなアドバンテージがあると指摘します。このような環境に新しい仕掛けを導入することで、化学反応のようなイノベーションが生まれる可能性が高いと期待を示しました。

 会場からは、大阪で量子コンピュータのスタートアップが創業するにはどんな環境が必要かと質問が加えられました。大阪でスタートアップを成功させるには、学生の自由な時間とアイデアがイノベーションを生み出す鍵となり、優秀でモチベーションの高い学生が重要だと藤井氏は指摘しました。安田氏は、大学と社会が共に進化する「コ・エボリューション」が重要だとし、データサイエンスや社会科学分野における社会実装などの日本の遅れを指摘しました。日本の企業は専門家を活用する体制が不十分であり、大学と企業が協力して専門知識を活かせる環境を整えることが必要だと述べました。

登壇者プロフィール

藤井啓祐氏 大阪大学大学院基礎工学研究科教授
 専門は量子コンピュータの理論およびソフトウェア研究。量子コンピュータのソフトウェアスタートアップ、株式会社QunaSysを共同創業し、最高技術顧問を兼務。

石黒浩氏 大阪大学大学院基礎工学研究科教授
 ロボット工学者。ATR石黒浩特別研究所客員所長、大阪関西万博EXPO2025テーマ事業プロデューサー、AVITA株式会社CEO。遠隔操作ロボットや知能ロボットの研究開発に従事。アンドロイド研究の第一人者。

安田洋祐氏 大阪大学大学院経済学研究科教授
 経済学者。専門はゲーム理論、マーケットデザイン、産業組織論。2020年に株式会社エコノミクスデザインを共同創業。政府の委員やテレビのコメンテーターとしても活動。

大阪大学サイエンスヒルズ構想について

 大阪大学サイエンスヒルズ構想とは、スタートアップ創出を目指し、大学、企業、金融、医療機関が集まる共創の場、スタートアップのエコシステムの拠点を大阪大学のキャンパスから梅田エリアを中心として大阪・関西に構築する構想です。ユニークな研究から優れたシーズを生み出し、社会にイノベーションを起す人材を育て、関西から世界に挑戦します。

本フォーラムの運営について

 ウメダの未来フォーラムは、大阪大学と阪急阪神不動産株式会社が中心となって、各回、テーマに合わせた団体や個人にご協力を得て進めています。推進メンバーは以下のとおりです。

主催 大阪大学

金田安史
大阪大学統括理事
藤井啓祐
大阪大学基礎工学研究科教授
岸本充
大阪大学共創機構特任教授
西村勇哉
NPO法人ミラツク代表理事
大阪大学SSI招へい教授

共催 阪急阪神不動産株式会社

お問合せ先

大阪大学共創推進部共創企画課企画係
TEL:06-6105-6174
kyousou-kikaku-kikaku[at]office.osaka-u.ac.jp
※メールアドレスの[at]は@に変換してください。

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