協働研究所インタビュー

アルバック未来技術協働研究所

大阪大学では、『協働研究所』という企業の研究拠点を大学内に設置し、産学共創を加速する制度を実施しています。本インタビューは、2018年11月から設置されているアルバック未来技術協働研究所の関係者に、『協働研究所』制度の特徴や利点などを事例としてご紹介いただきました。産学官共創コースの設置により、産業を志向する博士人材が協働研究所の研究を推進しています。

自ら競争的資金を得て、多彩な研究テーマに挑む
協働研究所を舞台とした教育研究が本格化

―初めに、村上先生に協働研究所の概要をお伺いします。

<村上>アルバックの研究者が6人、工学研究科産学官共創コースの学生が6人という構成です。研究プログラムは11件あり、内訳は工学系が8件、基礎工・理学・医学系が各1件と、バラエティを持たせています。これは様々な専攻の学生を協働研究所に受け入れ、活躍して貰いたいと考えているためです。装置メーカーであるアルバックとしては、どのような研究の成果でも製造装置が必要になれば良いわけです。

―これまでの具体的研究成果は協働研究所のHPで詳しく紹介されていますが、その他の成果にはどのようなものがありますか。

<村上>まず、共同研究先の研究室の先生と弊社の若手研究者4人で、5億円余りの競争的資金を得たことが挙げられます。企業研究者が競争的資金を獲得し、自分のやりたい研究を実行できるフィールドを作れた経験は、今後に研究者人生に役立つと思っています。また、協働研究所発足以降の2年余りは、基礎研究の考え方や在り方における大学と企業の違いを改めて認識し、試行錯誤を続けた期間でもありました。これを踏まえ、今夏よりアルバックの各事業部の“バーチャル研究所”を協働研究所内に設けることにしました。これにより共同研究先のシーズ研究の成果を利用した製品出口を、弊社事業部門と共に議論する体制ができました。

―倉敷先生、協働研究所ができたことによって教育面でどのような変化がありましたでしょうか。

<倉敷>2020年4月より、大阪大学工学研究科の全専攻で産学官共創コースがスタートしています。このコースでは、大阪大学に共同研究講座・協働研究所を設置している企業のご協力により、大学にいながら企業の研究活動に参加でき、大学・企業研究者の両方から指導を受けられます。お陰様で本コースを志望する学生は着実に増え、連携企業からの社会人入学も進んでいます。この順調な展開の背景には、コース設計当初からのアルバックのご理解とアルバック未来技術協働研究所のご協力がありました。厚く御礼を申し上げたいと思います。

産学官共創コースの学生に学びについて自己分析してもらったところ、「産業界の視点で研究を俯瞰し、真剣に研究活動に取り組める」「先輩や企業研究者との距離が近い」「社会実装についてよく考えられている」などの声が上がりました。学生に新たな感性が芽生えてきていると感じています。

アルバック未来技術協働研究所のメンバー

大学の教育研究に企業の視点を取り込むアイディアがきっかけに

―研究以外にも様々な成果が得られていることが分かりましたが、このような協働研究所を設立するに至った経緯をお聞かせいただけますか。

<村上>実は10年ほど前、最初に協働研究所のお話があった時は、設置に反対していました。なぜ企業が大学に出てくる必要があるのか、従来の共同研究で十分ではないかと。一方、当時は企業に採用されない“ポスドク問題”が社会問題化していて、「社会に役立つドクターを育てられないことが原因の1つではないか」という持論が私にはありました。

その後2018年頃になって、工学研究科ビジネスエンジニアリング専攻の産学官共創コースで企業研究者が学生を直接指導できるようになり、これがターニングポイントとなりました。自らの視点で今の科学を捉え発言できる人、社会に役立つドクターの育成を、協働研究所の設置を通じて企業として支援することを決意したわけです。

<倉敷>大阪大学は“インダストリー・オン・キャンパス”を実現するため、2006年より共同研究講座・協働研究所の設置を推進してきました。その数は現在100件を超えるまでに至り、産学官連携の最先端にあると言えます。このインダストリー・オン・キャンパスを人材育成に展開すべく、前述の産学官共創コースを設置し、博士人材を育成する“インターンシップ・オン・キャンパス”を新たに提唱しています。学生は関心のある企業の共同研究講座・協働研究所を受験し、ドクターとして企業の研究活動に参画します。アルバックにこの考えを説明し、ご理解をいただいたことが産学官共創コースの設置に繋がりました。

―倉敷先生、協働研究所ができたことによって教育面でどのような変化がありましたでしょうか。

<倉敷>2020年4月より、大阪大学工学研究科の全専攻で産学官共創コースがスタートしています。このコースでは、大阪大学に共同研究講座・協働研究所を設置している企業のご協力により、大学にいながら企業の研究活動に参加でき、大学・企業研究者の両方から指導を受けられます。お陰様で本コースを志望する学生は着実に増え、連携企業からの社会人入学も進んでいます。この順調な展開の背景には、コース設計当初からのアルバックのご理解とアルバック未来技術協働研究所のご協力がありました。厚く御礼を申し上げたいと思います。

企業研究者と学生が共に研究することで生まれる機会
出口を見据えた研究でブレークし、次なるチャレンジへ

―皆様のそれぞれのお立場からみた、協働研究所の制度としてのメリットをお伺いします。

<村上>私は大学との共同研究を多数経験していますが、従来型の枠組みでは自分の思いを大学の先生に伝える難しさや、研究が行き詰った際の方向転換の難しさを感じることがありました。大学の研究はときにテーマの継続が優先され、次世代の学生に引き継がれてしまうことがあります。その点協働研究所では、研究のテーマや進め方を企業研究者と学生で決めることができるメリットがあります。単に継続が優先されることは無く、挑戦的なテーマにトライできますし、テーマを止める判断もできます。

これは若い企業研究者にとって、企業内にいては得られないチャンスの場です。自分の思いを具現化するため、申請書を書いて競争的資金を獲得し、学生と一緒にそのテーマを推進できます。同様に学生も、修士課程の間にフェーズチェンジを起こし、ブレークする人たちが出てきています。ブレークした学生は自主性が高く、起業や博士号取得へと進みます。企業にとっても魅力があるドクターに育っていると思います。

<倉敷>産学官共創コースでインターンシップ・オン・キャンパスに励む学生は研究の出口を常に意識します。これは教育面で大きなメリットです。基礎研究はもちろん重要でありその探求も深めながら、それが何に結び付くのか、企業研究者に産業界の視点や情報に基づいて説得力のある指導をしてもらえるので、学生もイメージしやすいのだと思います。他にも企業研究者からフランクな雰囲気の中で学生に話題提供していただいており、学生にとって有益な情報になっています。

<山口>昨今、人財育成におけるリカレント教育やリスキリング教育の重要性が指摘されていますが、未来を見据えた若い人の発想と、経験に基づく企業人の発想から相互に学びあえることは協働研究所の大きなメリットで、企業として大学との共創に期待しているところです。社会人ドクターも受け入れていただいており、間違いなく社員のスキルアップにつながっていると思います。

もちろん企業では研究を実利に結び付けることが大切ですが、そのためには次々とチャレンジする人財であることが求められます。先ほど村上先生から学生のブレークについてお話がありましたが、アルバックはまさにブレークした人財を求めています。協働研究所を通じてよりチャレンジする人財が出てきてくれればと期待しています。またアルバックは社会貢献度(ESG)で社会的に高評価を得ていますが、社会に貢献する人財育成もこれに通じるものと言うことができます。

<内田>協働研究所の企業側のメリットとして、大学の研究者との繋がりができることの他に、大阪大学内の他企業の共同研究講座・協働研究所と接点を持つことで、産産学連携も視野に入れることができることがあります。こういった連携が広がり、学生も一緒になって新たな開発が生まれると良いなと期待しています。

アルバック未来技術協働研究所が入るセンテラス棟

テーマ設定は出口を見据えて、覚悟をもって
「データ1個のフロント」と「製品のフロント」、両方を追求

―次に研究マネジメントについてお伺いしたいと思います。協働研究所における研究テーマや目標の設定はどのようにされているのでしょうか。

<村上>研究テーマは、研究者が好奇心・探求心を持てるものであれば、基本的に良しとしています。ただ、企業でも大学でも研究の予算は決まっています。また企業では研究の出口も見える必要があります。ですから、他人のテーマを止めてまでもそのテーマをやる価値はどこにあり、それはどのような社会的出口に繋がっているのかという点に留意します。

企業の研究は目標とロードマップを定めて進めますが、科学の発展においては想定外のところから見いだすセレンディピティが重要で、これをどうやって拾うかが鍵となります。そのためには、チャンスを捉えていろいろなことを企業研究と並行してやる必要があります。この部分は大学でこそできることですので、弊社の研究者は担当しないで、私と学生で実行するテーマにしています。

―企業内研究所との両立や、企業本体との繋がりという観点では如何でしょうか。

<村上>アルバックの中にも次世代成長シーズを探索する未来技術研究所があり、基礎研究を行っています。当初は協働研究所・未来技術研究所の成果を会社の開発部門につなげ、そこから事業化していくスキームを考えていました。しかし、基礎研究に対する大学と企業の見方は大きく異なります。「データ1個のフロント」と「製品のフロント」の違いです。例えば、データ1つでNature誌を飾れても、シーズオリエントの技術を利用した製品を世に出すことはかなり困難です。

このギャップを埋めるのが、前述のバーチャル研究所です。バーチャル研究所では、弊社の事業部でまさに「悩んでいる」「何かを求めている」人たちに阪大のシーズ技術を紹介し、担当者が大学の技術を問題解決に利用しやすい仕組みを提供しています。また企業研究者と学生が一緒になって「製品フロント」の研究をしますので、従前のスキームと異なり高い効果が期待でき、大学の先生にもメリットがあります。

<内田>バーチャル研究所のお話の中で、事業部門が動き出した理由に協働研究所があると思っています。開発の優先順位が低くなかなか手出しできていなかったテーマでも、専門の先生方のお話を聞くなどして優先順位を再考できるようになったわけです。そしてできなかったことが協働研究所でできるようになり、思わぬところで事業に結びつくことも期待できるようになりました。

人財育成を通じた社会貢献
協働研究所の同窓会は面白くなる⁈

―協働研究所を枠組みに入れた人財育成のマネジメントについて、アルバックのお考えをお伺いできますでしょうか。

<山口>社会ではサステナビリティが重視され、これを基本としつつ人的資本やリソースからどのような成果を生み、どのように実利に結び付けるかが問われています。アルバックでも2050年からのバックキャストで方向性を検討し、エコシステムの中での連携を議論してきました。もちろんこの流れは重要ですが、一方で連携のコーディネーションばかりではなく、技術のアルバックであることにも重きを置くべきだと考えています。これは経営理念からくる人財像にもつながっていると思います。

<内田>冒頭で倉敷先生が示された産業指向型の博士人材育成はあるべき姿だと思っています。企業と大学がWin-Winの関係を構築することが大切で、アルバックとしても実利を考えた研究による産業指向型の学生の養成、社会に貢献できる人財の輩出を支援していきたい。学生にとっても、社会の入り口を常に考えることができ、企業が重視している社会貢献をモチベーションにつなげられるメリットがあると思います。

アルバックのメリットとして、やはり協働研究所の中で欲しい人財が見つかる期待はあります。ただ、村上の話にあったように、日本や世界、未来に貢献できる人財育成に当社が貢献できることにより意味があると考えています。人財育成では、これらの期待が実現できるマネジメントができれば良いと思っています。人財の流動化は進んでおり、自分が成長できる企業が選ばれる時代です。育成した人財は何れかの企業で活躍するので、協働研究所の同窓会では様々な企業から人が集まることになるでしょう。そこから新たな連携が生まれれば面白いと思います。

アルバック未来技術協働研究所を拠点とした産学共創

「社会を変え得る」ポテンシャルを引き出す
さらなる展開を求めて、今動き出すとき

―最後に、協働研究所を中心とした産学連携の今後に向けて、皆様からメッセージをいただければと思います。

<村上>個人的な考えですが、医学系研究科が大きな社会貢献ができる理由は、大学病院があるからだと思っています。病院には患者様のニーズが集まります。その病院で医学部のドクターは毎日診療もされながら、研究も行うわけです。他研究科で病院のように世の中のニーズが集まるところを作るの容易ではありませんが、工学研究科のテクノアリーナや協働研究所はこの機能を担うものと期待しています。

協働研究所は、従来型の共同研究とは本質的に異なるポテンシャルを持っています。特に、学部から連続した修士の「煙突」型ではなく、研究領域を幅広く捉える「水平の場」とすることで、企業のニーズを受け止められると同時に、教育面でも4年生を終了した学生にこれまでにない進路を提供できます。まさに「社会を変え得る」ポテンシャルということができ、これを十分に発揮することができれば、企業は大いに興味を持ってくれると思います。そして、これまでの大学の研究・教育との共存共栄に配慮しつつ、この取り組みが大阪大学全体、さらには全国の大学に展開されることを願っています。

<倉敷>私はベルギーのルーベン大学で派遣教員をした経験があります。ヨーロッパ中から優秀な学生が集まるこの大学には、IMECと呼ばれる産学連携の拠点があります。ここで学ぶことは一種のステータスになっていて、ポスドクを含む多くの学生が給料を頂いて研究し、そこからヨーロッパ中に広がって就職していきます。このような産学連携を通じて専門力や俯瞰力・連携力・実践力が伸びる場を、大阪大学にも整えることが重要だと思っています。そのためにも、いかにして産学官共創コースや協働研究所の成功事例・先行事例を工学研究科全体や全学に展開して行くか、その仕組みづくりが重要だと考えています。そして他大学に負けない、高度な研究力に基づく一種の教育ブランドとして周知できる仕組みに展開したいと思います。

産業界に向けては、リスキリングやリカレント教育でのご協力が考えられます。企業では実務をこなしながら2-3年で学位を得るのは大変だと思いますが、協働研究所におけるテーマの議論や研究環境、先生方と学生を交えたチームとして取り組むことは、学位取得に向いています。企業の若手研究者、学び直しを希望される研究者にぜひ活用していただきたいと思います。

<内田>今、企業では人的資本や人財育成の重要性が再認識され、議論が盛んに行われていますが、そのための環境整備はまだ十分とは言えません。大学での研究や教育プログラムを通じて、学位取得や学び直しがより容易にできるよう、企業として環境を整えていきたいと思います。

<山口>本日のお話にあった協働研究所を中心とする産学連携と教育・人財育成がさらに展開すれば、倉敷先生のおっしゃるブランド化は実現すると思います。一方で、企業では一般にインナーブランディングに最も体力を使います。インナーブランディングに成功すれば、産学連携をもっと加速できるとも言えます。少数ですが多様な人財が結集し、目的やゴール・価値をしっかり共有する、そんな協働研究所が結果を出すことで、企業のインナーブランディングも最も効果的に進められるようになります。そんな方向にもっていくためにも、まずは動き出さなければいけない時だと思います。今日はまさに、そのことを改めて考える機会となりました。

―今回はたくさんの貴重なお話をお伺いすることができ、非常に勉強になりました。皆様、本日はありがとうございました。

所長からのコメント

大阪大学では産業界との共創をさらに進めるために、共同研究講座・協働研究所の設置の拡大を推進しています。本インタビューにあります通り、本制度は研究・人材育成に渡り様々な成果をあげています。ぜひ大阪大学での共同研究講座・協働研究所の設置をご検討ください。

こちらのインタビューの抜粋版パンフレットはこちら