共同研究講座インタビュー
教育支援 デジタルクローン
共同研究講座
教育支援 デジタルクローン共同研究講座は、大阪大学大学院人間科学研究科と株式会社浜学園の提携により設置された、人文社会学領域初の共同研究講座です。専門家の思考プロセスをデザイン模倣※するデジタルクローン生成技術をプラットフォーム技術とし、様々な分野の教育・訓練で技術応用と社会実装の可能性を追求しています。本インタビューでは、同講座の関係者の皆様にそれぞれのお立場から、共同研究講座の特徴や運営、研究教育などについてお話を伺います。
- デザイン模倣…デジタルクローンに表現する対象の要素をデザインし、模倣すること
インタビュー参加者
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伊藤 庸一郎氏
大阪大学大学院 人間科学研究科
教育支援デジタルクローン共同研究講座 特任教授 -

平井 啓氏
大阪大学大学院 人間科学研究科
認知行動工学研究分野 教授 -

竹森 勝俊氏
株式会社浜学園 代表取締役 社長 -

長谷川 毅氏
株式会社浜学園 DX推進本部 本部長、
Web 事業推進部 部長、産学連携室 室長
医療から経営判断まで、広がる技術活用のフィールド
―デジタルクローン共同研究講座の狙いと
概要について教えてください。
<伊藤>本講座は、心理学や社会行動学など、「人」をベースとした研究を行う人間科学研究科と、浜学園の教育事業との融合により設けられた講座で、設置して3年になります。
核となるのは、人の思考プロセスそのものを模倣する「デジタルクローン」を生成する技術です。大阪大学の中では様々な研究が行われていますが、その中で人間科学研究科と共同研究講座を設置するに至った理由は、人の心や思考を模倣するには、やはり人の専門家である先生方の知見が不可欠だからです。本来、教育というものは学習塾のような受験指導にとどまりません。私たちが関わっている医療(医師・看護師)、福祉(介護士)、あるいは公安関連など、「人を守る仕事」における教育も極めて重要です。日本の人手不足が深刻化する今、ベテランやスペシャリストの「技能」だけでなく「思考」までも模倣し、経験の浅い方々を支援できる講座を作りたい。そうした強い目的意識と、平井先生はじめ人間科学研究科の先生方のご協力によりこの場所での設置に至りました。現在のメンバーは浜学園から7名、人間科学研究科から関わっていただいている3名の先生方、そして僕を入れて合計11名です。
―技能訓練も支援するのですね。現在はどのようなプロジェクトが動いているのでしょうか。
<伊藤>現在は医療関係のプロジェクトが中心です。九州大学、長崎大学、三重県や兵庫県などと連携し、医学や看護学分野でデジタルクローン作成を進めています。中でも九州大学とは、省庁も関わる国家規模の活動として、アフリカへの医療支援プロジェクトが進行しています。また、兵庫県では緩和ケアや地域医療の連携を支援する仕組みも構築しています。特徴的なのは、これらが個別のプロジェクトでありながら、結果として社会全体で「横断的なシステム」になっている点です。共通のデジタルクローン技術を使って、医師、看護師、あるいは精神的なケアをする専門家などの「思考」を生成し、それらを必要に応じて組み合わせて提供しているため、点と点が自然と結びつくのです。そのため、厳密にはプロジェクトがたくさん分かれているというよりは、ステークホルダーが増えているような状況です。
さらに企業分野でも、経営者の「意思決定」を模倣したいというニーズが急増しています。ECサイトや商社、病院経営などで、成功者の判断スピードやノウハウを移したいという要望です。独立に始まったプロジェクト同士が技術を通じて繋がり、新たなプロジェクトが多発的に生まれています。
国際的な医療支援への展開
第9回アフリカ開発会議(TICAD9)シンポジウム
「ポータブル・ヘルス・クリニックによるアフリカでの母子保健管理の飛躍 ーAIとデジタルクローンの活用ー」
技術が結ぶ企業のビジョンと大学の知
―伊藤先生から人間科学研究科の知を活かした連携のお話がありましたが、
浜学園が大阪大学に共同研究講座を設置した経緯はどのようなものでしょうか。
<竹森>発端は、お付き合いのある企業の社長の紹介で伊藤先生と知り合ったことです。その研究や活動内容を伺い、非常に魅力的に感じました。我々、浜学園には約300名の講師がおり、各々が個性を活かした授業で子どもたちを惹きつけています。一方で、こういった魅力的な授業を展開する上で、時間的・空間的な制約が課題でした。なんとか、それぞれの講師の個性を活かしながら、デジタル化で子供たちのサポートができないかという思いがありました。そこに伊藤先生の思想とお持ちのデジタルクローン技術が合致し、共同プロジェクトの構想がスタートしました。ただ、この発想を一企業の中だけで展開するにはもったいないと考えました。確かなエビデンスを持たせて、広く社会に普及させて社会貢献することを目指そうと考え、大阪大学さんにもご協力をお願いしました。その結果、様々な物事が一気に進展した、という流れです。
<長谷川>竹森がお話した通り、当社の塾経営はデジタル化が進んでおらず、アナログな部分が多く残っています。また、講師の高齢化も進んでおり、彼らが持つ熟練の「教育技術の伝承」がうまくいっていないという課題を抱えていました。企業として、この貴重な知識と経験をいかに繋いでいくか。さらに、開発した仕組みが浜学園に限らず教育の世界全体で使われるようになればと考えたことが、伊藤先生のデジタルクローンに魅力を感じた最初のきっかけであり、今も変わらぬ最終ゴールです。
子供たちの教育・学習の支援

講師の魅力を模倣し、学習を支援するデジタルクローン

親と子供に寄り添い、メンタルをサポートするデジタルクローン

教育技術を伝承し、次世代に伝えるデジタルクローン
―大阪大学側ではどのようなお考えに立って共同研究講座の設置を進めたのでしょうか。
<平井>浜学園さんの共同研究の打診が、共創機構を通じて人間科学研究科に持ち込まれたことが発端です。このお話を受けて、研究科長から産学連携の経験がある私に声がかかり、協議を担当することになりました。私の専門は健康心理学で、国家資格である公認心理師の養成プログラムも担当しています。この公認心理師の養成のような、人と人との微妙なやり取りを訓練する職人的な人材育成は、スキル習得に非常に時間がかかるのが課題でした。同時に、心理学サービスの社会実装が難しいという社会的な課題にも直面していました。伊藤先生のデジタルクローン技術に着目したのは、エキスパートの技術やノウハウを可視化できる点です。熟練した心理師の思考プロセスを可視化できれば、人材育成に非常に役立つと考えたのです。この技術の応用側面が、私が持つ教育・研究課題と合致したため、連携に至りました。
「思考資産」の社会実装 マーケティング・教育から事業化へ
―共同研究講座の活動について、これまでの成果や今後の方針についてお伺いしたいと思います。
<伊藤>デジタルクローン技術と生成AIの技術的な役割は大きく異なります。生成AIはディープラーニング(深層学習)により結論を導く技術の集大成です。これは大量のデータと高速のネットワークコンピューティングによって実現されてきたもので、人間の機能で言うと目や耳で「認識する」ことがとても得意です。この特長は画像診断や大規模言語モデルなどで活用されています。これに対して、我々のデジタルクローン技術は、個人の経験や記録から「思考の経路」を見つけ出す技術です。生成AIによる「認識」の次の段階として「思考」があると考えていましたが、この認識と思考を組み合わせることにより、多様な社会的ニーズが生まれつつあります。当初はこの技術の違いの周知に苦労したため、講座設置当初はまずマーケティング活動を行い、人手不足が深刻な医療分野に戦略的に注力しました。学会発表やTICAD(アフリカ開発会議)での発表などを通じて、教育・人材確保が急務である医療現場のニーズを掘り起こした結果、現在は多くの専門病院との連携が実現しています。大阪大学に講座を設置できたおかげで、3年間で国際的なレベルでの研究発表が実現しました。これは大阪大学の環境とネームバリューによって、多くの先生方と学際的な視点を持つことができたためです。今年後期から来年にかけて、プロジェクトは試作段階から実装のフェーズに入ります。これには担い手の育成と事業化が必須です。学生にこの技術に触れて貰えれば、新たな技術応用の発想やプロトタイピングにつながるシナジー効果が期待できます。一歩踏み込んだ応用例として、芸術家の創造的思考そのもの(クラフティング思考)を模倣することが考えられます。専門家や芸術家のこのような思考は「資産」であり、次の世代に伝えるためにはこれを流通させる必要があります。そこで事業化については、この「思考資産」を、その人の分身(ペルソナ)として流通させる仕組み、すなわちセンター構想を進めています。これは本の販売に似ています。思考の著作者が、自身のペルソナの流通を通じて人々に寄り添い、学びに貢献し、対価として著作権料を得るという仕組みです。社会実装においては信用の担保が最重要であるため、認証のないペルソナ流通を防ぐためのセキュリティ企業を浜学園側で準備中です。来年以降の流通開始を目指し、並行して九州大学での医療ペルソナ集約など、地域特化型のセンター化も同時進行で進んでいます。
―研究・教育面での活動はどのようなものでしょうか。
<平井>研究面では現在、2016年から病院で行ってきた看護師への面談記録を使い、私自身のデジタルクローン作成を進めています。プロトタイプはできましたが、私の視点を忠実に再現するためには、「どのような記録を取るべきか」、「どうデータ化するか」という前段階の作業が重要だと判明しました。これまでの記録はクローン化を想定していないため、記録の内容を再編集し、「なぜこのように考えたのか」という思考をデータとして活用できるよう変数(軸)を立て直しています。このデータ編集は応用ごとに個別設計が必要であり、正確な再現には欠かせない作業だと考えています。また、私の他に教育学とデータ科学の専門家である2名の先生方がプロジェクトに参画しており、共同で特定の心理療法の技術を学ぶためのカウンセリングの構造化とペルソナの作成を進めています。教育面では、デジタルクローン技術の基本的な理解と使用法を学んでもらう機会として、昨年から連続セミナーを開催しており、人間科学部・研究科以外の学生も広く募集しています。本技術の応用範囲は広く、これを学ぶことは大変有意義であると考えています。また、生成AIの利活用の拡大に伴い、学生が社会に出る前にこうした技術リテラシーを身につけることは必須になるでしょう。本プロジェクトは、学生にとってその貴重な学習機会を提供する教育的な側面も担っていると位置づけています。

安心・信頼できるデジタルクローンが導く社会
―共同研究講座の成果は、社会にどの様なインパクトを与えると期待されるでしょうか。
<長谷川>デジタルクローン技術は過度に情報を生成せず、投入した情報からのみ答えを出すため、生成AI のように「どこから引っ張ってきたかわからない情報」ではないという点が最大の強みとなります。時代がAIによって生成される情報に満ちる中で、信頼できる特定の情報源からのみ答えを導き出してほしいというニーズは高まっています。特に医療系が強い関心を示すのは、この情報源の明確さと予測可能性が評価されているからです。今後は、この信頼性の高いシステムをスピーディーに、そして安価に提供できる仕組みを構築していきたいと思っています。
<伊藤>デジタルクローン技術の社会への影響として、企業側の利益は人材の平準化による効率化にありますが、最大のメリットは責任所在の明確化です。生成AIと異なり、この技術は特定の専門家を模倣しているため、間違いも含めて「誰の行為」かが明確で、利用者に顔の見える安心感を提供します。普及すれば、やがて人々が「正しく生きる」ためのペルソナを提供し合う互助会のようなシステムが生まれ、利益が企業から市民へと還元される形なるのではないかと考えています。他方で、この技術により知識を「持つ者」と「持たざる者」に分かれ、意図しない使われ方をされてしまう可能性があります。高度な特殊詐欺への悪用や、個人の洗脳など、予期せぬ倫理的リスクを想定せねばなりません。これは法律やイデオロギーに関わる課題です。我々の製品(ペルソナ)はコントロールできても、「思考資産」というアイデア自体は模倣可能です。そのため、ただ技術開発を進めるだけでなく、この強力なシステムが普及していくことに備え、対応策を同時に講じていく必要があると考えています
共同研究講座はビジョン実現、研究推進の恰好の舞台 学内の横連携は今後に期待
―次に、共同研究講座制度の利点についてお伺いしたいと思います。浜学園の視点からはいかがでしょうか。
<竹森>現在は1名の教師のペルソナを作る取り組みを行っていて、まずは子ども向けメンタルサポート、次は高齢化する教師のノウハウの蓄積に取り組んでいきたいと考えています。最終的には、浜学園および浜学園グループ内でこの技術を最大限に活用し、社会実装していきます。そしてこれまでの議論であったように、この研究が教育以外の幅広い領域で活用されることを目指します。先生方の知見が融合する共同研究講座制度は、この2つの目的の実現に適した制度だと言えます。今後もこの活動を推進していきたいと考えています。
<長谷川>現在3年目ですが、まだ研究の域を超えていない部分もあります。これからは実装の段階に入るため、共同研究費を使いつつも、いかにこの研究を自社やグループに還元し、収益に繋げていくかが最大の課題です。この収益化こそが、講座の発展にも繋がると考えています。また、研究成果を外部に公開する際は、信頼性を高めるために権利化を強化していきます。副次的な効果として、大阪大学と共同研究を行っているという事実は、塾生や保護者に大きな安心感を与え、当塾への興味を深める効果もあります。講座の成果をしっかりと見せていくことで、多方面から会社に貢献していきたいと考えています。またもう一つの共同研究講座のメリットとして、人材育成が挙げられます。データを扱う研究に携わりながら、企業内部の業務も行うことで、両面の視野を持つしっかりした人材が育ちつつあります。

―研究者の視点からはいかがでしょうか。
<平井>他の研究と比較するのは難しいのですが、共同研究講座は通常の共同研究と比べて関係者のコミットメントの度合いが高いと言えます。通常の共同研究でも研究を進めることは可能ですが、共同研究講座は、研究テーマや成果に対する大学側と企業側の関与のレベルが格段に高くなります。特に、人文社会学分野の共同研究は自然科学系に比較して一般に規模が小さく、そこまで深くコミットメントする形にはなりにくかったため、この講座の設立は大きな意味を持っていると思います。
<伊藤>冒頭でも申し上げましたが、大阪大学の学際的環境とネームバリューによって、多くの先生方との研究発表が実現しています。また共同研究講座の環境は、私にとって大変動きやすいものです。外部とのコンタクトを格段に速め、長期間にわたり深い研究を可能にする点で非常に有効でした。
―共同研究講座を運営していく中での要望や課題を教えて下さい。
<平井>学外の多様なプロジェクトとの連携が進む一方で、学内での部局間の連携が難しいという課題があります。私自身、人間科学研究科内で協力を求めることがありますが、他部局にお声がけをして動くことには限界があります。そのため、共創機構をはじめとする学内の支援部門に、学内のニーズに応じて連携を繋いでもらう仕組みが有効だと考えています。
<伊藤>講座の研究成果を、大阪大学に関わりのある企業や自治体にも周知できる機能がほしいですね。学会活動だけでは周知に限界があるため、新たな仕組みを必要としています。もう1つは、学生など多くの人が一堂に集まり、社会貢献活動を通じて社会実装を加速できる仕組みがあると良いと思います。大阪大学がハブ機能を担えば、CSR活動を行う企業も参画しやすくなると思います。一方で、学外との連携ばかりでは技術や人材の引き抜きリスクがつきまといます。平井先生が指摘されたように、研究シーズのインキュベーションに学内での横の連携を活用し、その可能性を最大化する企画作りが大切だと思います。講座内部でも、今の時代に合ったウェットウェア(人と技術の柔らかい融合)の研究だからこそ、浜学園さんが用意している出口を活用した事業化の道筋を早急に立て、成果をプロトタイプとして出すことが重要だと感じています。
―最後に、竹森社長に共同研究講座を設置する企業の立場から、産業界や大学へのメッセージをお願いします。
<竹森>本格的な産学連携による共同研究は、人間科学領域ではまだ多くないと思います。多くの方にご注目いただき、この分野での連携を活性化していきたいですね。そのためにもまずはこの共同研究講座を成功させたいです。この講座が成功することは、同時に社会貢献にもつながると考えております。また、我々は事業会社でありビジネスでの成功が不可欠なので、マネタイズが期待できる企業や自治体とのアライアンスが組めればありがたいと思います。大学に対しては、大阪大学内で工学部や医学部などと横断的に連携し、研究と収益化を同時に行えるプロジェクトの仕組みを作っていただけると、今後のあり方としても大変意義深いと考えます。
―ありがとうございます! エキスパートの思考を可視化する技術をベースに、事業課題の解決と社会貢献を目指す企業ビジョン、大学の知と研究・教育の目的が有機的に繋がり、成果を生み出しつつあることがよくわかりました。安心・信頼できる教育訓練システムが社会に普及していくことを期待しています!

- こちらのインタビューのパンフレット(PDF 1.8MB)はこちら